2021世界はこうなる(原題 『The World in 2021』)
英エコノミストが発行した『The World in 2021』では、巻頭で編集者のトム・スタンデージ氏が、本誌が注目した2021年の10のテーマについて紹介しています。
この記事の後に、アメリカの外交への更なる投資の必要性に関する前編集者のダニエル・フランクリン氏による社説が続きます。ダニエル・フランクリン氏は、東京の英国大使館において弊社が共催したセミナー&レセプションで紹介された「Megatech: 2050年の技術」の著者です。
あなたは幸運を感じているか? 21という数字は、幸運、リスク、賭けてみる、運にまかせる、などを連想させる。21が表すのは、賭け事で使われる一般的なサイコロの目の総数、競馬のギニーに相当するシリングの数、また、アメリカでカジノに入ることができる最低年齢、ギャンブラーに人気のあるブラックジャックなどトランプゲームの一種の名前である。
これらすべてが、いつもと違う不確実な年に不思議な程ふさわしく見える。素晴らしい賞品として与えられるのは、新型コロナによるパンデミックを収束させる機会である。しかし、今のところ健康、経済的活力、社会的安定においてリスクが溢れている。2021年が間近に迫り、来年注目したい10のトレンドを挙げた。
1. ワクチンをめぐる争い。最初のワクチンが大量に手に入るようになると、ワクチンを開発するという英雄的な努力から、それを分配するという同様に困難な作業へと焦点が移っていくだろう。ワクチンをめぐる駆引きは、誰が、いつ、ワクチンを入手すべきかについて国内や他国間での争いを伴うことになる。ワイルドカード:ワクチン接種が可能となったとき、何人の人がそれを拒否するだろうか?
2. 様々な形の経済回復。パンデミックから立ち直る経済の回復は一様なものとはならない。というのも、地域ごとで感染の拡大や封じ込めが繰り返され、政府は企業の存続維持から職を失った労働者の支援へと舵を切るからである。強い企業と弱い企業の格差が広がるだろう。
3. 新たな世界的無秩序の修正。ホワイトハウスの新しい主となるジョー・バイデンは、崩壊しつつあるルールに基づく国際秩序をどの程度修正できるだろうか?パリの気候変動協定やイラン核合意にまず手を付けるのは明らかだ。ただ、崩壊はドナルド・トランプ以前から始まったものであり、彼の大統領任期後も続くだろう。
4. 高まる米中間の緊張。中国との貿易戦争中止をバイデン氏に期待してはならない。それよりむしろ、彼はより効果的に戦うために同盟国との関係を修復したいと考えている。二国間の緊張が高まるにつれ、アフリカや東南アジアの多くの国はどちら側につくべきかの決定を避けることに全力を挙げている。
5. 最前線に立たされる企業。ビジネスが以前にも増して地政学的戦場の様相を呈するにいたり、米中対立のもう一つの前線に立っているのはファーウェイやティックトックといったよく知られた企業の例にとどまらなくなっている。マネージメントは、上からのプレッシャーと同様に、下からのプレッシャーにも直面する。なぜなら、従業員や顧客が彼らに対して、政府による対策が不足している気候変動や社会正義の立場をとることを求めているからである。
6. テクノロジー加速(Tech-celeration)の後。2020年、パンデミックによってビデオ会議やオンラインショッピングからリモートワークや遠隔学習まで、多くのテクノロジーを使った行動様式が加速度的に取り入れられた。2021年には、こうした変化がどの程度定着するか、あるいは突然元に戻るかがより明らかになるだろう。
7. どこへでも自由に行きにくくなる世界。旅行業界は縮小または形を変え、国内旅行がより注目されるだろう。航空会社、ホテルチェーン、航空機メーカーは苦戦を強いられ、また海外留学生に大きく依存している大学も同様である。文化交流分野も痛手を被るだろう。
8. 気候変動に関する機会。危機の中で一縷の希望の兆しは、気候変動に関して行動を起こす機会があることである。背景には、政府による雇用創出や排出ガス削減のためのグリーンリカバリー計画への投資がある。2020年の開催が延期された次の国連気候会議において各国はどれほど野心的な削減公約を行うだろうか?
9. デジャブの年。それは、来年が多くの点においていかに2020年のやり直しのように感じられるかもしれないかということの一例に過ぎない。オリンピック、ドバイ万博、その他多くの政治、スポーツ、商業的な集まりなどのイベントは、予定より一年遅れで開幕できるよう最善が尽くされる。すべてが成功するわけではないだろう。
10. 他のリスクへの警鐘。長年にわたりパンデミックの危険性を警告してきた多くの学者やアナリストは、限られた機会を生かして、政策立案者に抗生物質耐性や核テロなどの軽視されている他のリスクをもっと真剣に考えさせようとするだろう。彼らの成功を祈ろうではないか。
パンデミック、一様でない経済回復、厄介な地政学の相互関係によって、来年はとりわけ予測不可能の年に必ずやなる。あなたがこの先にあるリスクとチャンスの海で舵を取るとき、あなたの勝利の確立を高めるのにこの年間誌が一役買うことを願う。
まったく将来に希望がないわけではない。弊誌のスペシャルセクション「余波」では、危機から生まれたいくつかの教訓と前向きな変化の可能性を考察している。ゆえに、サイコロを高く振ろう、そして、2021年のカードがあなたにどう配られようとも、勝利の女神が必ずやあなたに微笑むことを祈って。
トム・スタンデージ
The World in 2021編集者
アメリカの遺憾な状況
アメリカは外交にもっと投資すべき ― ダニエル・フランクリンが論じる
2021年は誰が世界を治めるだろうか?国連など国際機関は大国の対立状態によって弱体化している。ロシアはリーダーではなくスポイラー(妨害者)になるだろう。欧州をみると、ボリス・ジョンソンはEU離脱の後遺症で手一杯となり、ドイツのアンゲラ・メルケルはステージを降り、フランスのエマニュエル・マクロンには彼の壮大なアイデアを追求するために限られた手段しかない。中国は台頭を続ける超大国となり主張を強める一方で、世界のリーダーシップの重責を負うことができないのは勿論のこと、その意欲もない。問題は、アメリカがジョー・バイデン大統領の下で、その役割を再び担う覚悟があるかということだ。
ここ数年、アメリカは「終わりなき戦争」にうんざりし退却状態にある。バラク・オバマは、当時「自国の国造り」にフォーカスすべき時であると信じていた。ドナルド・トランプは、パリ気候変動協定、イラン核合意、そしてパンデミックの最中のWHO(世界保健機関)など、国際的取決めの長いリストからアメリカを離脱させ、嬉々として撤退することに専念した。アメリカが一線から退いたことによって、血気盛んな権威主義的リーダーたちは前進し、あらゆる場所で民主主義に難題を突き付けている。
しかし先を見ると、これ以上の撤退は断じて魅力的な選択肢ではない。パンデミックから気候変動、宇宙兵器に至るまで、世界的脅威は増大するだろう。そして、一層多極化する世界において、アメリカは単にやりたい放題でいることはできない。自国利益の追求において、説得、連合の構築、同盟国との協力を忍耐強く活用することが必要となろう。つまり、アメリカは外交に頼らざるを得なくなるのだ。
これは、決して悲惨な見通しを意味しているのではない。アメリカは、これからの競争が激化した地政学時代においてさえ、大きな優位性を保持する。アメリカは、今も他を遥かに凌ぐ最強の軍事力を有し、世界最大の経済大国である。ライバル国の中国やロシアとは対照的に、アメリカの影響力増大を支援できる安定した同盟国を有している。またその最盛期には、世界のどこにおいても人々を鼓舞することができる人権と自由の擁護者でもある。
アメリカ人が、自国の軍事力を誇示することを制限したいと考えるのはもっともである。アメリカの軍事力の強さが、影響力行使の実現において常に不可欠な要素となる。しかし、2001年9月11日の同時多発テロ以来、超大国の外交政策はあまりにも力に頼り過ぎている。今こそ外交を第一に考える時である。
しかし、持続的で洗練されたアメリカ外交への必要性が高まる今現在、それに応えるべきアメリカの外交力は低下している。国務省内の士気は下がり、人材の空洞化に苦しんでいる。そうした状態をすぐに改善するのは難しいだろう。
アメリカで最も長い歴史を持つ連邦政府機関である国務省における問題は、トランプ政権に端を発するのではないが、その政権下において劇的に深刻化した。トランプ氏は、「闇の政府機関たる国務省」について公言し、その予算削減に関する提案を(失敗に終わると)繰返した。また対ウクライナ政策に関与するなどしたベテラン外交官らに対しては、職務を全うしたこと自体が罪であると言わんばかりに公然と攻撃した。キャリア外交官は、上部の政策決定の役割から事実上締め出され、政治任用官が大使になる割合は過去最高となった(多くの場合、その適正は政治献金の規模で決まる)。アメリカの外交は危機に瀕している。
これに対して何ができるだろうか? これまでの世紀の中で3回、つまり第一次世界大戦後、第二次世界大戦後、そして冷戦後、連邦議会は将来に適した外交を形作る法案を可決した。けれども、ここ数十年の連邦議会は、外交ではなくアメリカの軍部の在り方と国の本土安全の秩序に注力してきた。国務省の新たな枠組みに議員が同意できるかどうかは、疑問である。しかし、新たな法律の有無にかかわらず、アメリカは争いが増える世界情勢のために自国の外交を再考しなければならない。
アメリカよ、外交の美徳を再訪せよ。
前大使らが率いるハーバード大学ケネディー校のグループによるロードマップの作成を含め、多くの人がまさしくそれを始めようとしている。彼らの提案には、国務省の官僚組織の在り方を変えようというものが幾つか含まれている。この組織は、柔軟性がなくリスク回避傾向が高いことで悪名高い。海外のアメリカ大使の中でわずか3人がアフリカ系アメリカ人、4人がヒスパニックであるなど、とりわけ多様性という点に関してはとても外には誇ることのできない実績を改善させるためにも、あらゆるレベルでの入職に門戸を開放するなど、キャリア構造の近代化が早急に求められる。とはいっても、このようなアプローチははシンプルかつ急を要する。アメリカの偉大なパワーは、その外交を危険な水準にまで失墜させることとなったためだ。自国の未来のためにも、また世界のためにも、2021年アメリカは外交への投資を今一度始めなければならない。
ダニエル・フランクリン
エコノミスト誌 外交編集者
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