ネクストシリコンバレー
日本企業にとってイスラエルがイノベーションの実に特別な源泉となっている理由は何でしょうか。弊社と親密なビジネス関係にある平戸慎太郎氏が最近日経BPから出版した『ネクストシリコンバレー』からの抜粋でその答えを出しています。
ネクストシリコンバレー 「次の技術革新」が生まれる街
シリコンバレーといえば、ビジネスパーソンにとってイノベーションの源泉のようなイメージではないだろうか。しかし、現在では新たなイノベーションを生む力に陰りが見えつつあることは否めない。そんな中、斬新な発想から生まれた先進的なテクノロジーや勢いのある起業家が集まる「ネクストシリコンバレー」ともいうべき地域が世界各地に出現している。
本書では、中東のイスラエル、アジアのインド、ヨーロッパのドイツを現地と関係の深い3人(イスラエル 平戸慎太郎、インド 繁田奈歩、ベルリン 矢野圭一郎)が紹介している。
「イノベーション大国」として世界で躍進するイスラエル
イスラエルは日本とは地理的に離れていることもあり、欧米や東南アジアの国々と比べると、多くの日本人にとってなじみ深い国ではないかもしれない。しかし、世界的にみると、300以上の一流企業が開発の拠点を持つ「イノベーション大国」として知られている。特にイスラエル第二の都市テルアビブは、多くのスタートアップが集まる場所として有名だ。カルチャーはシリコンバレーなどアメリカの西海岸にかなり近いものがある。私たちの生活で当たり前に使っているサービスや商品のうち、イスラエル生まれのものは少なくない。「USBメモリー」や「IP電話」などはイスラエルの会社が作った技術がベースになっている。「ファイアウォール」をメジャーにしたのもイスラエル企業である。いまや世界中の企業が最先端の技術を求めてイスラエル企業に秋波を送っている。GAFAなど、米大手IT企業が続々進出している。
「段違いのスピード感」を武器に勝負
イスラエルのスタートアップに驚かされることの一つが、そのスピード感だ。彼らは自己資金やVC、政府からの出資などで小さな会社を興し、要素技術だけの段階で大手企業と組んでPoC(実証実験)を行い、それが成功すればその後に本格的なファイナンスをして米国に進出する。こうしたスピード感の背景にはユダヤ人独特の死生観があるように思う。ユダヤ人は長期にわたって国をもつことがかなわなかった。1948年に念願のイスラエルを建国した後も、アラブ諸国に囲まれて常に戦争のリスクにさらされてきた。「俺らは明日死ぬかもしれないという環境でこれまで生きてきた」いつ死ぬか分からないという意識からか、彼らは失敗を恐れず、国や公権力との衝突も辞さずに未知の市場を開拓していく。
「失敗を恐れない」特有の起業観
イスラエルでは「何度も起業するのは当たり前」というカルチャーがある。むしろ1社しか起業していなければ、信用されない。それゆえに、たとえ1社目で失敗しても、次の起業の際には悪影響がでない。アイデアや技術さえよければ、しっかり資金を調達することができる。
イスラエルのシリアルアントレプレナーは事業内容が違っても同じ主要メンバーと共に起業を繰り返すという点も大きな特徴だろう。ユダヤ人の狭いコミュニティーだということもあり、イスラエルでは「信用がすべて」といわれる。従軍経験を含むそれまでの経歴や人脈、評判などを重視するユダヤ人は、一度信頼すればその人脈が長く続く。旧知の仲で信頼がおけるコアなメンバーで会社を始めるからこそ、イスラエルのスタートアップは事業展開のスピードが速いという面もあるだろう。
シリコンバレーよりテルアビブ
欧米やアジアの諸国に比べて、どうしても日本人から「縁遠い」国だったイスラエルだが、その「距離」は今後、ぐっと近くなりそうだ。直近4年間でイスラエルに進出、または投資した日本の企業は80社を超え、その投資額は120倍に成長(2017年で約1300億円)。2018年の日本からイスラエルへの訪問者は2016年比で65%増の約2万人に達した。2020年はイスラエルと日本で観光やビジネスにおける関係がより強固なる年として期待が高まっている。
日本企業がイスラエルに着目し始めたのはおそらく2016年頃だろう。日本の大手企業が他社や大学、地方自治体といった「外部」の技術やアイデアを自社の開発に生かす「オープンイノベーション」を掲げて動き始めたことがきっかけとなった。オープンイノベーションの動きが本格的に始まって危機感を覚えた日本企業は、まずスタートアップの聖地といわれる米シリコンバレーに目を向けた。しかし、優良なスタートアップとの関係作りは一筋縄ではいかず、多くの日本企業は出遅れ感が否めなかった。シリコンバレーでの投資が思うように進まない日本企業が次に目をつけた地域の一つがイスラエルだった。
“弱点を”補えるベストパートナー イスラエルは「アジアの窓口」として日本に魅力
いくつかの理由によってイスラエルのスタートアップにとって日本企業は魅力的に映る。イスラエルは人口が850万人しかいないため、自国だけでビジネスを展開しようというスタートアップはほとんどいない。1億2600万人という人口を抱える日本は魅力的な市場にみえる。また、アジアへの窓口としても日本は重視されている。自動車や電機など、日本の大企業と組めば、アジアどころか一気に世界中でビジネスを拡大するチャンスもある。
ただ、イスラエルのスタートアップにも弱点がある。それは「圧倒的なスピード感」だ。これは大きな強みでもあるのだが、一方で「雑になる」という弱みにもなる。イスラエルのスタートアップは、品質を担保せずにとりあえず世の中に出すという考え方が強いため、不具合や故障、サーバーのダウンというトラブルは日常茶飯事。そもそも、彼らは1つのサービスや商品の品質をじっくりと時間をかけて高めていくとうことを苦手としているところもある。日本企業は何度も試験を繰り返し、少しずつ品質を高めて作り込んでいくことを得意としている。加えてカスタマーサポートなど、顧客満足度の向上に影響するアフターフォローにも定評がある。こうしたことから、イスラエル企業にとって日本企業は、自分たちの弱点をカバーできる存在としても認識されている。
ネクストシリコンバレーより抜粋 無断複写・転
平戸 慎太郎
代表取締役 CEO
イスラエルのハイテク企業と日本およびアジアの企業との架け橋となるジャコーレ株式会社を設立、代表取締役CEOを務める。
楽天の国際部新規事業長としてM&A、合弁事業拡大、eコマースのPMI、およびデジタルコンテンツ事業において全地域を主導した。楽天が9億ドルで買収したViberにおいてジェネラルカウンセルおよび経営陣を務め、最近まで大半をイスラエル、日本、その他海外で過ごす。また、Viber CVCファンドのマネージングパートナーとしてシード投資やポートフォリオマネジメントを主導、更にViber Japanチームの設立および管理を行った。楽天のデジタルコンテンツカンパニーのCOOも務めた。
楽天入社前は、GEキャピタル、NTT、Sidley Austin法律事務所など米国および日本の大手グローバル企業と法律事務所で勤務。慶応義塾大学法学部卒業。シカゴ大学ロースクールにて法学修士号(LL.M)取得、ニューヨーク州弁護士資格を有す。